こーじ通信
こーじ通信 No.51~No.55(こーじ通信のご案内)
No.55 もうひとつの時計と物差し
5月22日に開催された山田規畝子さんの講演会の題名は『リハビリのためにもうひとつの時計ともうひとつの物差しを』というものでした。山田さんは、『壊れた脳 生存する知』『それでも脳は学習する』『高次脳機能障害者の世界~私の思うリハビリや暮らしのこと』などの著者で、ドキュメンタリーやドラマにもなって放映されたこともあるので、ご存知の方も多いと思います。空間認知、記憶、言語、注意障害などの高次脳機能障害の当事者として、その内面や苦悩がストレートに吐露されており、また医師としての客観的な分析もあり、その前向きな生き方に感銘を受けていたので、一度お会いしたいものだと思っていました。思いがけずに講演会に参加できて、学ぶことが出来ました。
山田さんは、目指すゴールは「普通の生活をすること」と言い切ります。危険を回避し、人や社会と接して、自立した生活をすることです。そして「暮らすこと」がリハビリの現場である、とも述べられました。まさに「生活リハ」です。脳には修復しようとする力があり、少しずつ回復していきます。焦っても仕方がない、本人も周りの人も「別の時計が必要」だと。またその回復は、非常にゆっくりなので、小さな変化を測れる「新しい物差しが必要」とも力説されました。
私たちはどうしても、元気だったころの元の状態と比較しがちです。しかしそれは、本人にとっても辛いものです。出来なくなったことを探したり、指摘したりすることは、どれほどのストレスを与え、傷つけているか。出来なくなったことは本人が一番悔しく思い、「本当の私はこんなんじゃない!」と心の中で叫んでいることを理解しなければなりません。山田さんは「高次脳機能障害は見えにくい、というが、失敗することが多くなった当事者が、出来たら気づかれたくない、失敗を判らないように隠したい、と無口になったりすることもその一因」と語られました。もしそうさせてしまっているのが家族の一言だったら・・・と冷や汗が出てくる思いです。
また一人ひとり違うので、オーダーメイドのリハビリメニューが必要であるとも話されました。これも私たちが常々語っていることです。「一日ずっとそばにいて、私に何が起きているかを見てくれる専門家が現れることが夢」とも語られました。私たち家族は、自分の家族である当事者の日常を一番知っている彼(彼女)の専門家です。とかく過去と比較したり、少しできるようになればそのハードルをすぐに高くしたりしがちですが、同じ「もうひとつの時計と物差し」を持って、一緒に寄り添い、周りの支援者にその状態を伝えていく役割があると思います。
高次脳機能障害者と家族の会 代表 今井雅子
No.54 チャンネルを切り替える
4月10日、11日に島根県出雲市で、第一回脳損傷者ケアリングコミュニティ学会島根大会が開催されました。この学会は、当会の顧問でもある長谷川幹さんの呼びかけにより、昨年2月のプレシンポジウムを経て立ち上げられたものです。脳損傷者はこれまで原因別や状態、年齢などで様々な支援が行われ、その中で当事者や家族はもちろん、支援する医療保健福祉の関係者、行政、一般市民も含め、様々な悩みと問題、課題を抱えています。この学会はこれらの悩み、課題を様々な立場、職種などを超えたコミュニティの場での「知」を集約して21世紀にふさわしい方向性を地道に示して行こうとするものです。内容は後段でご紹介しますが、さまざまな方の発言やパフォーマンスの中で、印象に残った言葉があります。当事者パフォーマンスの司会をされ、最後のパネルディスカッションにも登場された福祉ジャーナリストの村田幸子さんの発言です。(当事者が)「どうチャンネルを切り替えるかが大切」という言葉です。
人生の途中で、不慮の事故や病気によって脳に損傷を負い、高次脳機能障害が残り、困惑、混乱、怒り、悲しみなど、さまざまな困難の中で障害者として生きていかなければなりません。そんな時、どうチャンネルを切り替えるか。旅部会の当事者は「先輩から一緒に電車で帰ってみないか?」との誘いが、公共交通機関を使っての外出の一歩だった、と言います。私の知っている青年から鼻腔チューブを抜いたのは、ボランティアの女子高校生たちでした。彼は「彼女たちとマックに行きたい!」とそれまでデイの職員が何度進めても応じなかった抜去を自ら行い、経口摂取に切り替えたのです。
リハビリテーションというと、とかく病院での機能訓練のように思いがちですが(当事者や家族はそれを強く信じている方々がたくさんいらっしゃいます。)病院にいるより、そして通院しているよりずっと長い時間、そして濃い関わりをしているのが地域、コミュニティです。その暮らしの場である日常生活をいかに豊かなものにしていくか、そしてその中でどう自分のチャンネルを切り替えられるのか。
しかし村田さんはこうもおっしゃいます。「世間は手ごわい。そう簡単に変わらない。波風を立てて生きていくことにした」と。私たちも自分の生活する地域の中で、周りに波風を立てながら、新しいチャンネルに切り換えて、新たな人生が歩めるようになりたい、そしてそういうことも暖かく包み込んでくれるコミュニティが築けたらと思いました。
高次脳機能障害者と家族の会 代表 今井雅子
No.53 生活の中のリハビリを考える
家族会として相談にのっていると「病気になった時(事故に遭った時)には、神様、何とか命を助けてくださいと必死に祈っていたのに、命が助かって障害が残ると、いっそあの時に死んでいれば良かったのにと思うことがある」といった話をされる方が、とても多いです。またそういうことを言ってしまった自分を責める言葉もよく聞きます。今日もまたそのような家族のつぶやきを耳にしました。本人にとっても家族にとっても、厳しい現実です。それでもその絶望や悲しみ、苦悩の中から一歩を踏み出さなければならないのです。元のようにできなくなったことを嘆くのではなく、今できることを増やしていくことで、新しい人生を生きるしかないのです。
東京都では『「10年後の東京」への実効プログラム2010』を1月に発表しました。「地域における障害者の自立生活を支援」の中で、「高次脳機能障害者への支援」が新規に入りました。「高次脳機能障害のリハビリの中核を担う病院にアドバイザーを配置し、リハビリ技術や個別支援の相談に応じるとともに、医療従事者を対象とした人材研修を行うモデル事業を実施する」と書かれています。22,23年度でアドバイザーを設置し、区部、多摩の2カ所でモデル事業を実施する計画です。これについては後段で報告した、高次脳機能障害専門的リハビリテーション充実のための検討委員会で話し合われました。病院の中でのアドバイザーに何が出来るのか、云々。
2006年度ニーズ調査でも、当事者や家族からの「リハビリのできる所が欲しい」という要望が多かったのですが、リハビリテーションは病院や施設で行われるだけのものではなく、そこで得たことが、実際に生活する場で生かされなくてはなりません。私たちはいつもそれを「生活リハ」と言っていますが、病院でのリハを終えた後の「生活リハ」を担うのは? 今ある福祉制度には制限が多く、なかなかうまく活用ができません。そんな中でも世田谷では「高次脳機能障害者の移動支援」という制度を始めて2年になります。自立支援法の中の地域生活支援という自治体の裁量で創れる資源です。ヘルパーと外出することで、生活の中でのいろいろなリハビリが出来、背中を押されて自分でできるようになる例(自立)がいくつも出てきています。制度が壁になっていたり、地域資源が少ない現実の中でも、何とか知恵を絞り、創り出していくことが出来るかもしれません。
せっかく助かった命です。「死んだほうが良かった」などと思わず、「生きていて本当に良かった!」と心から思えるような社会が出来るようにしたいものです。
高次脳機能障害者と家族の会 代表 今井雅子
No.52 当事者をトータルで支えるということ
高次脳機能障害者の支援を考えるときに、急性期、回復期、維持期と一つの流れとしてとぎれることなく、医療から福祉への連携が必要と言われてきています。しかし実際は、なかなかそううまくいくわけではなく、いいタイミングでリハビリや支援が受けられないでいます。当会では、高次脳機能障害についての啓発とともに、その支援の仕組みづくりを訴え続けているわけです。
10月10日、青山にある国連大学5Fエリザベスローズ国際会議場で、日本医療政策機構主催の脳卒中政策サミットが開催されました。脳卒中対策基本法(仮称)の実現に向けた会議で、患者や医療関係者、行政関係者や国会議員がパネリストでした。
脳卒中の予防や発症時の対応の普及・啓発には、日本脳卒中協会が行っているボランティア的な活動だけでは限界があり、全国的な普及には行政の力が必要だと、同協会の中山博文専務理事が発言されました。脳卒中の発症から3時間以内に処置が必要と言われるt-PA(血栓溶解薬)治療には、救命救急の整備が必要であり、基本法の制定によって「脳卒中が疑われたら、119番を呼べば24時間全国どこでも専門病院に搬送される仕組みづくりを目指す」と述べられました。
自らも脳卒中の経験がある石井みどり参院議員(自民)は、「素晴らしい成果を出した地域の対応をお手本にするのは難しい、普通の医師ができる、普通の救急隊員ができる、ちょっと頑張ることでできる仕組みをつくる必要がある。」と、脳卒中対策基本法を制定した上で、地域において対応する仕組みづくりが必要ではないかと話され、議員立法で頑張ります!と力強く語られました。
当家族の会には、脳卒中が原因で高次脳機能障害になられた方々が多く、以前から日本脳卒中協会の動きは気にしていましたが、「予防」に力を入れておられ、残った障害、高次脳機能障害については触れられていません。今回も当事者の発言がありましたが、私の眼には「脳卒中になるとこんなに大変」という風に映ってしまい、ちょっと悲しい思いになりました。医療、製薬会社、行政などがかかわる大きな団体なのですから、もっと当事者をトータルで考え、予防、再発防止のみならず、高次脳機能障害についての支援にも視野に入れて活動されると良いと思い、家族の会の考えを意見として提出しました。それにしても「脳卒中対策基本法」が出来たら、私たちは「高次脳機能障害対策法」を求めるのでしょうか?どんどん細分化していってしまうこの方向に、障害者の生活を考えるときに、これで本当に良いの?と考え込んでしまいます。皆さんはどう思われますか?
高次脳機能障害者と家族の会 代表 今井雅子
No.51 予算要望書の提出にあたって
今回の衆議院選挙は民主党の大勝、自民党の下野という歴史的な結果をもたらしました。これまでの医療や福祉の施策への不満から、国民の民主党を中心とする新政権への期待は大きいものがあると思います。民主党のマニフェストには、「障害者自立支援法の廃止と障害者福祉制度の抜本的な見直し」「医療崩壊を食い止め、国民に質の高い医療サービスを提供する」「介護労働者の賃金引き上げ」などが掲げられています。
ただ「障害者自立支援法の廃止」については、施行されてすでに3年半が経ち、すぐに廃止というわけにはいかないだろうと思います。どういう手段で改革していくのかを、その手順を示してほしいと思っています。高次脳機能障害者支援施策も、この自立支援法の中で行われており、「廃止」の動向の中で、どう変わっていくのかが気になるところです。
東京高次脳機能障害協議会(TKK)は今年も予算要望書を、東京都および民主党、公明党、共産党に提出しました。民主党は都議会でも第1党(54人)になり、ヒアリングの際は60人分のTKK資料を提出、多くの議員が同席されました。それに先駆け、8月7日には東京都に提出しましたが、予算編成も見通しが立たないような話でした。
国のモデル事業は、予算や制度の都合上、若年の脳外傷を対象とし、すでに身体障害者手帳のとれる失語症を外したところから始まりましたが、今年度は認知リハビリ、就学期高次脳機能障害者、失語症の支援研究や実態調査に力を入れる方針のようです。9月12日も「小児高次脳機能障害支援シンポジウム」が開催され、多くの参加者がありました。高次脳機能障害者は、年齢も原因も様々です。人生半ばで高次脳機能障害者になった当事者たちは、年齢や障害、制度によって、その支援が分断されたり、継続できなくなったりしています。人ひとりを一生支えていく仕組みづくりに向けて整備してほしいと強く願います。障害者施策にとどまらず、介護保険制度を含む高齢者施策、子どもの施策とも合わせて、検討および事業展開をしていただきたいと考えます。
どちらにしても、制度を変えることは並大抵のことではないし、制度の良し悪しにかかわらず、それを利用している人たちの生活が、大きく振り回されることなく、安心して生きていく方向に段階的に変わっていくことを願わざるをえません。
高次脳機能障害者と家族の会 代表 今井雅子