こーじ通信

No.109 改善されてきている中での悩み
2022年12月

 もう27年前のことです。夫が脳出血で倒れ、急性期病院からリハビリのために転院する時、案内してくれた病院のソーシャルワーカーに、私は「ここに来れば治るんですよね?」と聞いたことを、今でもはっきり覚えています。そして聞かれたその方の困った顔も。「元に戻してください!」というのは、脳を損傷した当事者やその家族の本当の気持ちです。決して元には戻らないという悲しみを持ちつつも、家族も当事者も「薄皮をはぐような改善」を「良くなる」と信じて、日々リハビリを続け、新たな人生を踏み出し歩んできています。
 2013年に脳梗塞を発症され、「失語症」と「同名半盲」のある方がうつ状態にもなり、泣きながらも頑張って来られました。お子さんたちも大きくなられ、今では図書館の館内スタッフという職にも就いていらっしゃいます。久しぶりにお会いしたら、会話もかなりスムーズになっていたので「だいぶ良くなられましたね。」と言うと、「良くなったら良くなったで大変なんですよ。」との答え。「言葉は話せるようにはなってきているけれど、聞いて理解することはまだまだ難しいのです。朝礼での話も、終わってから聞き直して、確認する必要があります。でも話せるから「どこが失語症?」と思われ、理解できないことが解ってもらえないんです。」とのこと。日々の生活を頑張っているので、ご家族も「治った」と思っているようで、「子どもの学校での面談などに行けば?」と言われるそうです。「聞くことが難しい、まだうまく理解できないって言えないんですよね。」と、家庭内での悩みも打ち明けてくれました。
 2009年に脳腫瘍を切除し、失語、記憶、注意、遂行機能障害などの高次脳機能障害が残った方も、「最近記憶が悪くなってきていて、娘に何度も聞き直すと、さっき言ったじゃない!と声を荒げて言われてしまう。これ以上言うと、一緒に住めなくなるんじゃないかと不安で、話せなくなってきています。」という話をしてくれました。また「そういう悩みを話せる人がいなくて辛い。」とも言っていました。
 ある日突然、当事者になり障害者家族になりました。命が助かってホッとしたのも束の間、「高次脳機能障害」に直面し、驚き、困惑、悲しみ、混乱、絶望などを味わいながら、なんとか手探りで生きています。そんな家族を責められません。臨床心理士の山口加代子さんから「当事者と家族は車の両輪である。どちらかだけを一生懸命支援してもうまく走らない。」と聞きました。受傷当初はご家族への支援にも力を入れていますが、時間経過による変化の中でも、家族への心理的サポートが必要だということを、改めて考えています。


こーじ通信目次へ